日本の借金900兆円というが、実際には日本政府の借金である。
日本という国家で考えれば、家計の持つ資産1500兆円とおおよそ相殺される。日本政府の借金である国債は9割が国内で消化されているからだ。
そのため、借金が膨れ上がっても、日本政府は最終的に徴税として国民からの借金を帳消しにしたり、巻き上げたりすることができるので国家は破綻しない。
このことを例えると、一家の中で子供やおじいちゃんから借金をしているお父さんといったイメージだ。
しかしながら、このお父さんの浪費癖が激しいのだ。プライマリーバランスが黒字化しない。つまり収入以上に浪費してしまっている。
この家庭のおじいちゃんは貯蓄を蓄えている。郵便局や銀行にこつこつと蓄えているのだが、その金融機関はお父さんにお金を貸しこんでいる。お父さんの信用力はとても高く、いくらでもお金を貸すのだ。いや、いざとなったらお父さんがおじいちゃんの貯蓄から返済してくれると信じているのだ。
デフレによりモノをつくっても売れない状態が続いている。どの家庭も生活を切り詰めている。この家庭でいえばお母さんがつくった料理を子供たちが買ってくれないので、料理は余り、値段が下がっていく状況だ。
そこで、量的緩和だ。お父さんは子供達の小遣いが潤沢に増えたらお母さんの料理を高く買ってくれるだろうと考えた。そしたら料理が残らない。
あいにく、子供達とは絶縁状態だから郵便局や銀行にカネを供給したら子供達に届くのではないか、とお父さんは考えた。しかしお父さんは借金をしている身だ。そこで、第三者に借用書を書いてカネを金融機関に供給してもらおう。これが日銀だ。
このようにしてお父さん(日本政府)の借金は増えていくが、デフレは解消されていくだろう。そしてデフレが解消したらお母さんは儲かってもっと小遣いをせびることができるようになるだろう。借金を返すのはそれからだ。
これがハッピーなシナリオだが、その前提として子供達がお腹を空かせてお母さんの料理を高く買ってくれること、子供達が金融機関から借金をしてくれることが必要だ。
現実のストーリーもそう違いはないだろう。
自分の信念を貫いて行動することがとても大切だと最近切に感じている。
週刊誌やゴシップの記事で大衆が喜ぶ記事に、大企業の年収だったり、ネットで成功して資産を築いたり、不動産収入を得ることとかがあって、更にはそういった彼らの失敗だとか、芸能人の恥ずかしい側面など妬みなのか、羨望なのか、そういうものが喜ばれるらしいのだ。
転職市場も少しずつ開かれてきているが、目指す転職先を収入を軸に置くのはどうなのか。
自分が年収500万円で他の人皆がが年収400万円という状況と、自分が年収1000万円で他の人皆が年収2000万円という状況だと、明らかに絶対的価値では後者が良いのが、前者が良いとほとんどの人が言うらしい。
相対的な価値の中に自分が存在しているということだろう。
思えば、自分の意見とかよりも、どの新聞の論調かだったり、どの評論家の意見を支持するかといったことばかりで、自分の信念を持つ人は少ない。
不景気な現在では、多くの人がテレビや雑誌の中に登場する恵まれた人に対する羨望を感じるようだ。そして悲観的に自分を捉えてしまう。
だが、自分の置かれている環境はそんなに惨めなのだろうか。
友人や知人や雑誌の中の人物に憧れて真似をしようとしていないだろうか?友達がハワイに行った、子供をどこの学校に入れた、どこだかのブランドを買った、だとかそのような他人からの影響を受けすぎていないだろうか。
転職においても、もっと稼ぎたい、もっと実力を発揮したいという自己目的の追求なら良いが、自分の境遇を他人と比べて不遇だと感じているのだとしたら情けない。
自分の価値は自分だけの生き方にこそあるのだ。
他人の生き方を自分に照らし合わせる必要はない。
民主党の前原政調会長は、自民党が掲げる国土強靭化計画について、「公共事業からのばらまき。昔の政治に戻すのか。先祖がえりを認めてはいけない」と発言した。
自民党と公共事業における土建屋の結びつきは国民にとって非常にイメージが悪い。また、意味の無いバラマキで無価値な橋や施設が沢山できたことには税金の無駄遣いと多くの国民の怒りを買っている。
公共事業は本来、日本の経済発展に欠かせないものであり、道路や施設などその恩恵を受けて国民は生活している。また、不況のときは公共事業をして、政府が需要を作り出し雇用を生むというメリットもある。しかしながら、無価値な公共事業は借金をいたずらに増やすだけだ。
そもそも、投資を行う際には、ROI(投下資本利益率)という指標が使われる。公共投資においても、投下する資本、資本調達コストを上回る利回りが無ければ投資する価値が無いという経済効果だ。
国土強靭化計画は地震大国である日本の安全を考えた防災をメインに考えているようだが、安全を買うという点は認めるが、経済効果は少ない。大規模な震災が無ければその効果を発揮できない。橋や道路は適切につくられれば交通が便利になり経済効果がある。
バブル崩壊後も自民党は公共事業をやってきた。ケインズ政策を掲げ、不況対策として需要を生み出すことを口実に、さんざん無意味な公共事業をやりまくった。それで何が起きたかと言えば、異常に膨らんだ借金な山である。
確かにデフレにおいて需要を喚起するという点で公共事業は短期的に効果がある。しかしながら、効果のある(ROIがプラスな)公共事業は少ない。
マンデル=フレミング・モデルにおいても、変動相場制においては、財政政策は通貨高による純輸出の減少により無効となる、という理論がある。
最近ではマネタリズム観点では、公共事業などの財政政策は長期的には無効、と考えられている。
意味のある公共事業のみ財政出動を行い、金融政策を充実することによってこのデフレを解消し不況を脱するべきである。
日曜の夜、次の日の会社のことが頭に浮かぶだろう。その時何を想うか。
月曜の朝、これから会社へと向かうとき、何を感じているか。
人生は思ったより短い。死を迎える人から何度か聞いた言葉だ。
その時々で、生きている実感を持っているだろうか。
生きる目的について考えているだろうか。
生きるに従って責任感が増える。それが人生の重みだ。
自分だけの命では無い。それは守る人がいる証拠だ。
人生は自分との闘い。自分に負けないことだ。
苦労は人生の糧になる。苦しみがあり始めて幸福の価値がある。
苦しくても堪えて生きることによって喜びが見出せる。
不安だ。苦しい。でも幸せだ。喜びの人生。