ベーシックインカムが議論になるのは、やはり貧困層の増加が原因だろう。そして貧困対策が政府が十分にできないためだろう。失業率が上昇し、賃金も上がらない状況においては貧困層がどんどん増加する。それらに対して生活保護など個別に対策をするとなると公務員の仕事が増えるため大変な運用コスト増になってしまう。
また少子化対策としても、ベーシックインカムが効果的と議論される。子供手当のようなものだが、国民を年齢で差別せず一律に支給するため支出の少ない子供を産んだ方が得なのだ。併せて年金の減少や廃止も考えられる。現行の年金制度は年寄りが得をする仕組みであり不公平感が大きい。そうすると、社会保障制度が簡素化され、行政コストの大胆な削減が可能となり公務員をリストラ解雇できる。
そのようなことから現在の大きな政府を維持するよりもコスト削減が見込めるため、ベーシックインカムに必要な財源が確保できるのではないかと議論されている。
つまり、ベーシックインカムを主張する人の多くは、現在の政府の無駄を批判するためにレトリックとしてわざとナンセンスな政策を持ちだしているのではなかろうか。
実際にベーシックインカムが適用されると、デメリットが大きいことが目に見えている。まず働く意欲が減退される。より良い生活をするためや趣味として労働をすれば良いなどと思うかもしれないが、衣食住に困らなければ、労働に対して大きなインセンティブがわかないだろう。働くと損をするというモラル・ハザードにより、企業も雇用を確保できなくなり、雇用コストの上昇、賃金の上昇、インフレと悪循環に陥る。
政策も大衆迎合的に、どの政党がベーシックインカムの給付額を増やすかとか議論するのではないだろうか。
これまで人類は日々の生存のために狩猟や農耕といった労働をして存続してきた。これは他の動物も同じで自然の法則である。
日々の生存が保障されている世界というのは自然の掟に反する行為でうまくいかないと個人的に思う。しかし逆にそれこそが人類の英知という人もいるのだろう。
赤木智弘という男は今は30代半ばで、90年代半ばからフリーターやニートや引きこもりといった生活をしてきた若い貧困層と呼ばれる代表格の存在だ。
社会的に底辺な層で、結婚もできないような若い世代のことが良くメディアで取り上げられるようになってきた。何故このような層ができてきたのか。
赤木智弘という人物の文章の能力にはすごいものを感じた。
「丸山眞男をひっぱたきたい」で一躍有名になった。このような思想と表現に驚いたものだ。
三一歳、フリーター。希望は、戦争。
戦争は悲惨だ。
しかし、その悲惨さは「持つ者が何かを失う」から悲惨なのであって、「何も持っていない」私からすれば、戦争は悲惨でも何でもなく、むしろチャンスとなる。
そして自分と同年代だ。だが、「朝まで生テレビ」で見た時にはとても異様に感じたのを覚えている。
彼は、1995年には既にHTML言語を習得し、HPを公開していたという。95年というと自分が思い出す限りでもインターネットという言葉がちょうど認知された年だ。それはWindows95がモデムから電話回線でインターネットに簡単に接続できることからやがて爆発的にインターネットの時代が来るきっかけの年だ。
この年に大学に入学した世代(ナナロク世代)にネット企業が多い。
だが、彼らよりも技術的に先行していた赤木氏は何故こうも悲惨な現状になってしまったのか?
文章から見る限り技術も頭の良さも本来備えている人物だと思う。日々のつぶやきを読んでもそれは感じられる。
能力なんかよりも性格に起因するのではないか?ネットで赤木氏の本の書評を読むとそのように書かれているものも多かった。赤木氏の言うように社会の問題なのか。
人生で敗北者になる者の方が成功者になる者より相対的に数が多いのか。いや、むしろ能力が普通にあれば、ちょっと努力をすれば相対的には平均以上の生活ができると思う。
自分も超氷河期と呼ばれる時代に就職した。同じ年代で就職した者も入社した会社によっては赤木氏のような人生を送っているのかもしれない。派遣の方が自由で良いといって自ら派遣を選んだ者も多かった。自由を犠牲にしてまでサラリーマンには成りたくないと言っている者も多かった。
彼らは今何をしているのだろうか。
思うところがあって、久し振りにリチャード・ブランソンにまつわる本を色々と貪るように読んだのだが、何度も目頭が熱くなった。
イギリスの名門小学校で問題児となり、運動神経抜群だったのに、足の複雑骨折で挫折したり、中卒で、仲間と出版社を立ち上げるが何度も挫折を繰り返す。レコード会社を立ち上げてからも、航空会社をつくっても、何度も何度もより大きな困難が彼を襲う。
だけども、彼は諦めない。冒険家として有名になったのは何故か。もともと起業家特有のチャレンジ精神、命の危険を感じるスリルを求める性格からか。もっと大きなのは小さな航空会社の知名度向上だった。
だが、冒険家になるのはそんなに甘くなかった。ここでも挫折の繰り返しだ。
そんな繰り返しが結局成功に至るプロセスなんだと思い知らせてくれる。あきらめないことで人間が成長し、交渉力がつき、度胸もどんどん据わってくる。
自分もこんな風に生きたいと思わせてくれるので、やはり定期的に読みなおして鼓舞させてもらおうと。
米国ではIT業界がインドへのアウトソーシングによって多くのプログラマやエンジニアの職が失われた。
モーガン・スパーロックのTV番組「30days」では、米国企業で働いていたプログラマがインドのTATAに仕事を奪われ子供が出来たばかりなのに失業し、職を奪ったインド人を見るために1ヶ月間インドにホームステイするという試みがあり、最近DVDで見た。
インドではインフォシスなど米国企業の下請けIT企業が急成長し、バンガロールという町はビルが立ち並ぶようになった。
インドで大人気なのがコールセンターでのテレホンセールス(電話営業)だ。英語のできるインド人が米国の発音や地名などの知識を習得し、電話で売り込みをかけるという仕事だ。アメリカ人は驚いた。米国では最も人気のない職種が、インドでは大人気なのだから。
アメリカ人1人雇うのに比べ、16人も雇えるという。しかしバンガロールは相変わらず70%の人は掃き溜めのようなスラム街で貧しい生活をしている。
コールセンターの職は人気があって賃金も高いが、仕事は時差の関係上夜から深夜にかけてだ。
休むことなく働くインド人。金はたまっても、そもそも消費する産業が追い付かず買い物をすることもなく、ひたすら働く。
米国流の文化にそまり、専業主婦が当たり前だったホームステイ先の家族も、共働きになり家庭は殺伐としてくる。
貧富の差が広がり、大衆に人気のあったインド人俳優の死からバンガロールの町に暴動が起こる。
1ヶ月間のホームステイの間にも色々起こるものだ。そしてそのアメリカ人は帰国する。
アウトソーシングによってインドに富はもたらされた。そして自分は失業した。しかし働くインド人に富がそのまま移ったわけでは無いということを考えさせられた。そしてフラット化する社会でインドの伝統や文化の破壊も見た。
ミルトン・フリードマンを盲信している新経済学論者たち(シカゴボーイズ)は、この手のドキュメンタリーによく批判対象として登場する。効率な市場において効率が進み富が拡大したと見るか、それとも労働者は職を奪われ、安い賃金の労働者に仕事が移り、企業は莫大な利益を上げ、その利益は株主に還元される。
日本の製造業はこれからも間違いなく海外移転が進み、日本の労働者の失業と低賃金化は進むだろう。しかしそうしないと大企業でもグローバル競争では生きていけない。国内労働者の権利を向上したところで企業の競争力は失われるだけだ。幸いにして日本では労働者でも簡単に上場企業の株主になれる。労働者の権利ばかり主張する人は株を買ってみて、株主ならどう思うかを考えてみるべきだろう。
多くが意味もなく、生コンが使われ、政治家の利権や誰かがそれで儲かるから自然を徹底に破壊するのだろう。世界でも類を見ないほどのしぜん破壊だ。
九十九里でまた突然そのような海にコンクリートがぶち込まれているという。ここの海は自分もよくサーフィンにいくのだが、首都圏とは思えないほど何もない田舎だ。
海岸の砂浜は湘南とは違いとても広く、海から住居までも距離はとても遠い。
そんな海岸にテトラポットの山があって海流が変わり生態系破壊もあるそうだ。
もちろんサーフィンをやっていてぶつかりそうになり恐ろしい思いをしたこともある。
そんな環境のところに何故また再度コンクリートをぶち込んでいるのだろうか。
九十九里に行かない人も大切な日本の自然なので良く考えてほしい。
こちらに「一宮の海岸環境を考える会」というのがあり署名活動もあるので是非見て署名活動をしてほしいと思う。
黒木亮のこれまでの小説によく見られるように、物語はフィクションとノンフィクションが同じ時間軸で一緒に流れている。ノンフィクション部分は主人公を作り上げていることぐらいで、他の登場人物や登場する企業は名前を一部変えてあるものの、ほぼ現実に存在する企業ばかりだ。
この小説では3人の登場人物が同じビジネスシーンを舞台に活躍するのだが、主人公が平凡な架空の人物なのに対し、残りの2人は強烈な人物だ。そのうちの一人は投資銀行(IB)の業界では伝説の人物だ。3つの人物が小説の中では交わることが無い。黒木亮の小説ではよくあることなのだが、どこかでそれぞれの物語が交差するのかと思いきや並行したまま終わるので、そこは期待しない方が良い。そして大げさなフィクション小説のような大きな展開や最後にどんでん返しなども起こるわけではなく、粛々と物語は進み、大きな展開は無く小説は終える。現実の世界と同じ展開なのだ。しかしそこには登場人物の成長が見られるのが感動を呼び、読書に熱中させられる。
並行して流れる物語は山一證券出身でソロモンでパートナーに上り詰めた明神茂(あだ名はシュガー)の80年代から2000年代にかけての大活躍が詳細に描かれている。
小説の中では竜神宗一(あだ名はソルト)として描かれているが、あまりにも有名な人物ゆえ、すぐに思い浮かぶ。
米国で開発されたブラック・ショールズ・モデルに基づいた裁定取引により、未成熟な日本の金融市場の歪みを利用して莫大な利益を上げていく。
藤崎は脇役でメインのストーリーとは関係が無いが、彼にもモデルがいそうだ。バブル崩壊以降の日本の生保や信金などの金融機関に対して高度なデリバティブを駆使した損失先送り商品、ハイレバレッジ商品を売り込む。田舎出身であり、日本に対する愛国心が強い男だが、IBで働き結局は日本の金融機関を壊滅的な被害を及ぼしつつ米国金融機関に莫大な富をもたらす商品を売ることに葛藤がある。それは日本の組織の体制や不満や嘆きや失望でもあるようだ。
主人公の桂木もまた他の登場人物と同じように日本の組織の体制や理不尽な仕事になじめずにIBでM&Aを中心に活躍することとなる。他の登場人物と比べ平凡で穏やかな性格で感情移入しやすい。彼もまた米国のIBで働くことによる後ろめたさを感じながら仕事をしている男だ。彼の尊敬する大学恩師が米国のIBで働くことに対して失望したからだ。
日本企業と違い、IBは実力勝負の世界だ。狩猟民族の文化が企業にもあり、徹底して敵(日系金融機関や日本の顧客)を叩き潰す姿勢がある。IBで働くというのは相当なプレッシャーがあるが、年棒は数千万円だ。だが、IB業界ではファック・ユー・マネーという言葉があるらしく、働くのが嫌になったらその言葉を吐き辞めるのに必要な金で相場は3億円だそうだ。ちなみに日本の個人投資家レベルではだいたい1億円で自由を獲得できる額(金持ち父さんのラット・レースから抜け出せるレベル)なので、IBに入り生活レベルが上がると、自由を獲得できる額もまた上がってしまうのだなと思った。もっともIBで働けば短期間にその額に到達できるが。
IBの日本への到来は、黒船が日本にやってきた状況のように感じられた。
日本の金融市場は鎖国状態で、数社の証券会社が独自のルールで支配していた。そこへ欧米から最新鋭の武器(金融商品)を持ってきて、徹底的に破壊していく。破壊というよりは世界標準にしていくのだが。
日本のバブル期でがっぽり儲け、バブルが崩壊してもさらにがっぽり儲ける姿勢がそこにある。
本書はバブル期から小泉政権になるまでの長期間にわたった小説で、実在する登場人物もたくさんでてきて非常に勉強になる。そしてリーマン・ショックを引き起こした原因やその後急激に業績を回復させている理由も分かる気がする。
結局、3人の登場人物は簡単にファック・ユー・マネーを獲得し、そこから自分のやりたい仕事をやっていく。自由を獲得できる金ができて初めて生きがいある仕事にまい進できるのかもしれない。主人公の桂木は、日系金融機関に再就職し、その後りずむ銀行(モデルはりそな銀行)のトップとなる。
金融知識を身につけたい人も、仕事に対するやりがいや人生観を別の視点で見てみたい人にもお勧めである。
本や新聞や雑誌というのはあまり指摘されないが実は環境に非常に悪い。本をつくるために森林が伐採され、さらに本はかさばるため読み終わると廃棄され燃やされCO2を排出する。例えリサイクルに出しても、実はリサイクルするための費用やその過程で排出されるCO2というのは本を作る以上のコストと排出があるという意見もある。
本や雑誌や新聞は、特に日本では消費者に届かない率(購入されないで返品される率)というのが著しく高く、無駄のかたまりである。
しかも、物流コスト、物流のためのCO2排出、係る人員の多さによる高コストや環境に対する悪影響も非常に大きい。
しかし、今までは代替手段が無かったことと、本・新聞・雑誌は文化的側面も大きいことから環境に悪いということが一部を除いて指摘されてこなかった。
また、経済的影響や、出版ビジネスに係る人数の多さ(本屋もいれると相当数だ)、既得権益というのも非常に大きな影響があるだろう。
しかし世界は電子書籍の時代に入りつつある。昨年はAmazon.comのKindleが大ヒットし、米国では電子書籍に切り替える人数が爆発的に増大した。
そして、今年はAppleからiPadという電子書籍機器が発売される。他のメーカも参入が相次ぐだろう。
単なる電子機器ではなく、産業全体の変革するIT(Industrial Transformation)だと思う。
そんな世界の状況に対して、日本はどうか?
日本の出版業界、新聞業界は世界で最も保守的のようだ。本の価格はどこでも同じであり、出版取次(トーハンと日販の2社寡占)により書店への流通が支配されている。
電子書籍のイノベーションはそのような日本独自の商慣行を徹底的に破壊することになってしまうので、出版業界は断固として既得権益を守るつもりなのだろう。
このような状況では、日本では読みたい本、雑誌、新聞が電子書籍として読むことが困難だと思う。KindleやiPadで読みたい本・新聞・雑誌が読めれば自分はもう電子媒体でしか買わないだろう。
消費者がコンテンツを入手できないのであれば、電子書籍機器をつくる能力が最も長けている日本の電機メーカは開発が遅れ、世界的で取り残されてしまうだろう。
実際に日本の電機メーカは携帯電話でもmp3プレイヤーでも世界一の技術がありながら、世界市場では戦うことができなかった。
そして、環境問題という観点から考えても紙を使い、物流が発生するという観点から非常に悪いのだ。
環境問題をからめてみたが、下記の本などで偽善で欺瞞な環境問題を指摘されている武田教授の考察は非常に興味深い。
批判も非常に多いが、納得できる点が非常に多いのだ。
本が環境に悪いということも誰も指摘しないし、その他方で無意味な環境運動で日本中が熱狂している。
例えば、ペットボトルのキャップ集めによるワクチン購入運動。キャップを集めるための入れ物の方がコストが高く、集めるための人件費を換算するとワクチンを買うどころか経済的には大赤字なのだそうだ。
レジ袋も持参する意味がほとんどない。
最も効果的な環境問題対策は、海外旅行に行かない(旅客機のエネルギーを使わない)、外出しないということになるが、消費活動を限定してしまうそのような環境対策を表だって言う者が誰もいないということ自体が問題だと指摘に感激した。
資本主義なのだから経済は発展させなければ成り立たないが、実は環境問題の多くは経済発展によって生じる。
現在のパソコンをつくっているメーカは個人が自作パソコンをつくることとあまり変わらない。部品を買ってきて組み立てるだけだからだ。
違うのは徹底した合理化でコストを安くし、筺体デザインを考え、物流・販売を行うことだ。
東京大学の丸川知雄氏はこのような現象を垂直分裂と呼んだ。
電子部品は日本企業が得意としている分野であり、組立は中国にある台湾企業が得意としており、現在はその分担が非常にうまくいっている。
逆に垂直統合モデルで部品から組み立てまで全てやっている会社はダメになってしまった。
バリューチェーン(製造の川上から川下までの流れ)を見る際にスマイルカーブと呼ばれる現象が起こり、川上の部品、素材、川下の小売が付加価値が高い。
付加価値の低い組立は中国のような人件費、製造コストで行うべきだからだ。
そのような垂直分裂が進んでいない典型が自動車業界である。
しかし、たくさん生まれてきている電気自動車はパソコンとほとんど同じだ。垂直分裂しており、部品は買ってきて組み立てるだけで、パソコンよりは難しいだろうか個人でもつくることができる。
そして良い部品もどんどんオープン化されていってどんな小さな企業でも買えるようになるのだろう。
古い産業は寡占化される。100社以上あったアメリカの自動車メーカはビッグスリーだけになり、2社が倒産してしまった。
そしてそのような産業は新興国で盛り上がりつつある。中国では自動車メーカがたくさん生まれている状況だ。スモール・ハンドレッドと呼ばれる新たな挑戦者と呼ばれている。
先進国トップに立つ米国では、自動車業界は廃れ、IT業界が飛躍し、ネットベンチャーがこれから飛躍しつつある。スモール・ハンドレッドが存在しており、産業の転換が進んでいる。
日本はそのような環境が無い。古い産業をゾンビのように生き延びさせ、新しい産業の芽を育てる土壌が無い。
ベンチャー企業の誕生もベンチャー企業を支えるベンチャーキャピタルの規模も小さいし、新規上場数は昨年はたったの19社だ。10年前の10分の1の規模に縮小してしまい、今後増えなければ本当に衰退国になってしまうだろう。
ベンチャーキャピタルの規模が小さいとはいえ、1兆円もの資産(ユーロ圏の30兆円、米国の25兆円に比べれば非常に小さいが)がある。だが、投資して育てるという土壌は、金をつぎ込めば良いというだけではない。投資された資金で独自に成長できる土壌も整っていない。本来は良い技術、サービスがあれば飛躍できるはずだが、日本独特の村社会的なよそ者や成り上がり者を受け付けない雰囲気や出る杭は打たれる雰囲気というのがある。
このようなことは数値化されないことなので見えにくいが、ベンチャー企業にとって大企業と取引をするのは非常に大変だ。
信用も無ければ、実績も無い。そのような企業でも取引できる環境が必要だと思う。
これは企業間の取引なので、政策でどうこうするのは難しいかもしれない。企業文化といわれればそれまでなのかもしれない。それでも何か変えていく方法を模索しないといけないと思う。
例えば日本の自動車業界の垂直統合モデルはすさまじく、系列も下請け構造も顕在だ。ガソリン自動車で庶民ターゲットであった時代には品質向上、コスト削減が主なテーマだったから良かったが、これから電気自動車に代わり、部品も少なくなるし、大幅に部品が変わる時代では通用しないだろう。むしろしがらみから脱却しないかぎり革新的な製品はつくれない。
その点ネットベンチャーのようなビジネスモデルを当てはめると、自動車業界では革新的な製品とサービスが期待できる。新しいデザインの電気自動車で、電気自動車どおしで燃料の電気の交換ができたり情報がつながっているなどというモデルだけで実際に製造はしないでも成り立つかもしれない。製造はアップル社のようにEMSメーカに組立させてしまい、モータ、電池、電装品は買えば良いという水平分散モデルだ。
それから、日本独特の慣行である借金の社長の個人補償制度も無くさないといけない。これが一番企業するにはネックだろうが、銀行からの企業に対する借入の個人補償を社長が負わなければならない制度だ。本来株式会社なので社長は出資した範囲の金銭的責任を負うだけなのだが、借入をする場合は個人補償を求められる。
会社が潰れても借金が個人で返すか、自己破産するしか無い。
一般市民も住宅ローンで買った家を手放しても借金が残ったら返さないといけない。
日本の銀行は担保も取りつつ個人補償をつけるというこのやり方は変えない限り、リスクが高すぎて起業できなくなる。
右肩上がりではない衰退しつつある日本では、低利の融資で個人補償さえなければ起業したいという人はたくさんいるはずだ。ベンチャーキャピタルというのは米国のように起業したててで銀行から借り入れができない起業家だけが本来利用するべきもののはずだ。
日本では銀行も寡占化されてしまい、グローバルの観点では何も新しいビジネスモデルを打ち出していない銀行が国内で事業を独占しているというのも有害だ。
会社を失敗して潰しても、会社を失うだけで個人の資産が残れば再度挑戦できる。そのような社会にしなければ新しい産業も技術も生まれないと思う。
「思考は現実化する」、「7つの習慣」、「人を動かす」
最近の日本での出版事情は、同じ筆者が月に何冊も本を出したり、3時間程度で読めてしまう内容だったり、読み終えても何も心に響かなかったというものが多い。
出版社の方としても、話題性のある人、売れっ子作家がブームに乗って次から次に本を出したり、内容は薄っぺらくても数時間で読めてしまい値段も安い本の方が売りやすいという事情があるのだろう。
しかし、これらのベストセラーはそのような日本の出版事情とは全く違う構成で書かれている。
本書を仕上げるために何年も時間をかけ、内容は濃く、何年間に渡って世界中で翻訳されて売られ続けるようにつくられている。
だから、結局自分もいろいろな本を読んだが、この3冊は読んだ後衝撃的であり、懐に落ち、常に自分の人生の指針となっているのだと思う。
ただし、ベストセラーとしてあまりにも有名なため、自己啓発セミナーなどの金儲けにも利用されており、その中には悪質なものも少なくないと聞く。
その点には気を付けてほしい。
思考は現実化する
ナポレオン・ヒルが成功者のインタビューや研究を繰り返して作り上げた本だ。
原書は「Think And Grow Rich」。自分は原書とCDを何度も読み返した。CDはナポレオン・ヒル本人のセミナー講演も入っているのでお勧めだ。聞き取りにはかなりの英語力を要するが。
PMA(Positive Mental Attitude)という言葉が出てくるが、この言葉は日常でも常に意識している。
常に積極的かつ肯定的にものごとを考える態度だ。
機会は確実に捉え、常に積極的でありたいといつも思っている。
これまでの人生で、滅多にない機会に巡り合ったにもかかわらず、また同じ機会を得られるさとか、他の言い訳を考えてチャンスを逃したことを引きずっているのだが、もうそのようなことは2度と無いようにしたいと常に思う。
成功者と凡人の違いの最も大きなことは、考え方の原則であることがよくわかる。
常に目標を立て成功を意識している者とそうでないものは当然日々の行動が変わってくる。子供を見ると思うのだが、その子は何者にもなることができる。総理大臣でも優秀な医者でも野球選手でも。でも実際になれる子はほとんどいない。ちょっとしたことが人生大きく変わってくる。
この本もインパクトが大きかった。あるべき行動の原則がとてもシンプルにまとめられているからだ。
PMAと同様に主体性という言葉がとても重要だと認識した。7つの習慣は以下の通り。
思考方法だけでなく、他者への影響の重要性も大きい。
第一の習慣・主体性を発揮する
第二の習慣・目的を持って始める
第三の習慣・重要事項を優先する
第四の習慣・Win-Winを考える
第五の習慣・理解してから理解される
第六の習慣・相乗効果を発揮する
第七の習慣・刃を研ぐ
人を動かす
カーネギーの代表作のひとつ。他者とのコミュニケーションの取り方、影響の与え方に主眼が置かれている本だ。
自己実現にあたって一人でできることは実は限られている。
他人との協調、協同作業で成し遂げなければならないことばかりだ。
この本ではかなり具体的に人との接し方、振る舞いについて書かれているが、根底にある人づきあいの原則はかなりシンプルだ。
日本人でなおかつ若い世代は人づきあいが苦手な者が多いと思う。考え方の多様化、コミュニケーション手段の変化などいろいろあるが、人に好かれ、協力してもらい、愛される人になりたいと常々思う。
第一の原則・批判も非難もしない。苦情もいわない。
第二の原則・卒直で、誠実な評価を与える。
第三の原則・強い欲求を起こさせる
日本の製造業は外貨を稼ぐという点でもすそ野が広いという点でも重要な産業ではあるが、競争力は新興国とりわけ中国の台頭により急激に落ちているのは否めない。
いつまでも財政出動で救済しているわけにはいかないのだ。
今年は日本のGDPはプラスになるとエコノミストの多くが言っているが、政策が重要なファクターになってくる。
需給ギャップは40兆円(GDP比で8%)と大きく、生産過剰だ。設備過剰(稼働率が80%)、雇用過剰が指摘されており、負債もだんだんと過剰感でてきている。
このような状況を放置すると、資本財を提供する企業の倒産が相次ぐ。設備をつくっている企業、工作機械メーカ、人材紹介、人材派遣といった業界は大幅に縮小される。そうなると、景気回復時に設備投資も雇用も行えず、成長機会を逃してしまう。そればかりか、古い設備を使い回し研究開発を怠ると、人件費や生産コストが低い中国相手には戦えず、ますます苦戦を強いられる。新興国市場向けの低価格製品は日本企業では困難だ。
単に消費財メーカの需要を喚起するのではなく、新しい視点で産業転換を行う必要性を感じる。例えば、オバマ大統領が言ったグリーンニューディール政策のように環境という世界共通の課題を解決する需要を喚起するのが重要なのだと思う。我が国においては、成長戦略が閣議決定され、「新成長戦略(基本方針)~輝きのある日本へ~」においてグリーン・イノベーション、ライフ・イノベーションと呼ぶ戦略を描いている。
http://www.meti.go.jp/topic/data/growth_strategy/091230.html
消費財メーカがつくっているものに規制をかけ、抜本的に変えていく。例えば電気自動車、太陽光発電、福祉ロボットなど。
研究開発、設備投資が積極的に行える環境にし、新しいものづくりでリーダシップを握れる日本に変えることが重要なのではないだろうか。
大恐慌時代を描く映画は多い。ウォール街の証券取引所から黒い塊(人)が落ちてくる映像(飛び降り自殺)が子供の頃見た時は衝撃的であった。
今回の金融危機と同様の点がいくつもあるのに改めて驚かされた。
投機ブームが起こっており株価が軒並み上昇していた。靴磨きの小僧までもが株の話をしていた。その一方、機械化・工業化により生産性が向上したためいたるところで過剰生産に陥っていた。生産過剰は欧州への輸出というグローバリゼーションによって補われていた。
一般投資家ブームになり、家を担保にした信用取引によってさらに投機熱が上がっていった。
そしてある日突然クラッシュしたのだった。
米国のみならず先進国にこの恐慌は伝染した。そして各国は自国経済を守ることを優先させ閉鎖的なブロック経済による保護を行っていった。
失業者は町に溢れ、家を失った家族が車で移動する光景が有名で、多くの映画で描かれている。
ドイツはハイパーインフレが再発し失業率は30%を超え、失業者で溢れナチズムが台頭した。
世界経済はボロボロになりつつも金融政策・財政出動とありとあらゆる政策を各国は行っていったのだ。
その中で効果的だったのは財政出動であり、とりわけ戦争による軍需景気であった。
この時代の恐ろしさに比べたら今の日本の状況はずいぶんと恵まれていると思った。考えてみると大恐慌時代は恐ろしかったのか、とも思えてくる。
恐慌時代に各国の平均寿命は延びたそうだ。仕事や消費からの解放によるものが大きかったという。仕事と金を失ったことで逆に得られたものも大きかったのかもしれない。
今の不況がいつ終わるか分からない。しかしもっとすさまじい状況を世界は経験している。今の時代は命までは失わないし、餓死もしない。そして景気には波か必ずあるということも歴史が証明している。
iPhoneやiPhod TochではWi-Fiがついているので、ブロードバンドに接続できる。3G速度も速いと思ったが、やはりインターネット無線回線は速い。
iPhoneにしてからは、パソコンを使う時間がめっきり減った。
テレビを見てても本を寝転がって読んでいても、気になったことを調べたりメモしたりするにはパソコンよりiPhoneの方が都合が良いからだ。
その場で調べられるし、起動時間も関係無い。
移動時間は常にiPhoneでニュース番組を見たり、聞いたりする。CMが無いので時間が短縮できるのと、日経ベリタスの大江アナのもやもやトークなど2倍速で聞けるので時間が短縮できる。
マニアックな嗜好のポッドキャストをチョイスできるのも良い。
あとは、アプリもかなり良いのがでてきた。全力検索というカーナビソフトは、自宅の外車購入時からついている標準品よりも使える。GPSに加え、タクシー無線等の渋滞情報を拾っているので、VICSよりも良い場合が多いし、何より最新の高速道路などの地図がいつでも使える。
他にも位置情報を組み合わせたアプリというのはすごい使える。食べ物を探すのも写真や評価も調べるのが身近になった。
電話よりもむしろネットにいつもつながっているので、Twitterでフォローしたり、Skypeで世界中と常にコミュニケーションしている感覚も増えた。
ケータイと違うのは操作のしやすさと起動が早く、速度も速い。
そんなことで、今年はスマートフォン、Google携帯といったところに注目している。
電話はおまけでSoftBankの回線網を考えると、Wi-FiとPodcasting用ということでApple iPod touch で良いのかも。
]]>1000万円を超えるクルーザーが売れてた時期があった。きまって好景気だ。
サラリーマンの中でも所得が高い層はいるが、やはりクルーザーやヨットは夢だと言うものが多い。
所有することで経費(メンテナンス等)はかかるし、本体価格は高い割には売却時には価格が下落していること間違いないし、キャッシュフローを産まない。つまり贅沢品なのだ。
それでも、横浜や逗子だとかのマリーナに行くと沢山の船が置いてある。
購入しているのはお金持ちなのでは無く、中小企業の経営者なのだ。
サラリーマンとの違いは、購入や維持の税金を考慮した実質負担が違うことにある。
所有以外の豪遊でも高級ソープランドや高級クラブの支払いというのもあるが、この世界には表で使うとまずい裏金の洗浄(マネーロンダリング)的な要素もかなり強いと思われる。
税金が商品の販売やサービスに影響を大きく与えるケースがあるとわかる。日本の税法は利害関係の団体により非常に複雑になってしまったからだ。税法のすべてを理解するのは不可能でも、覚えた方が良いことはある。
サラリーマンでもいまやアフィリエイトや株やFXなんかの所得があるのだから、税金の仕組みは覚えて損はないと思う。