›8 06, 2015

大塚家具を巡る父と子の骨肉の争い

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父と子がここまで熾烈な喧嘩をするだろうか?
こんな喧嘩は中小企業では当たり前の光景だ。かつて戦国時代では父と子が殺しあったのだ。

創業者の大塚勝久は、日下部高校を卒業した後に桐箪笥販売店として大塚家具を創業した。
父親は桐箪笥職人で、勝久はそこから独立して創業したのだ。

その後、会社を大きく成長させていくのだが、会員制による結婚後新居を建てた家族狙いが勝久の成功体験として染み付いているのだ。
当時としてはその販売方法は良かっただろう。
家具など一生の内なんども買い換えるものでは無いし、かといってマンションや新居のように慎重に比較して選ぶものでもない。

ようするにバカな顧客を丸め込んで売るような商売だったのだ。
家具屋は町にある小さな店では心配だし、百貨店に置いてあるような高級品は手が届かない。とはいえかつてのニトリのような安物は嫌だということで、大塚家具にいくと、うっとおしい営業マンによる執拗な販売により、すごく良くもないが悪くもないし、家具を買うのは選ぶのも運ぶのも非常に疲れるから、という理由で値段交渉もせず、比較もせずに決めてしまうのだ。

しかし、インターネットで情報が簡単に取れる時代では、このような家具販売方法は通用しない。
安かろう悪かろうのニトリもまともなものを作るようになってきたし、IKEAも悪くてもデザインは良い。
海外のブランドも沢山の情報が手に入る。

このような状況下で、大塚家具のうっとおしい販売アプローチをかけられたら、二度と行きたくなくなる人も多いだろう。

父・勝久は長男と幹部社員を引き連れて記者会見を行った。
創業者を慕い、求心力をPRしていたようだが、実態としては大塚家具は給料が非常に安い会社である。

平均年齢35.3歳で平均年収は4,620千円だ。平均年齢の低さにも驚かされる。

勝久の記者会見に同席した高年齢の幹部社員は転職もできない年齢だろうし、新しい販売方法に逆に危機感を持っているのかもしれない。

娘・久美子は長女であり、一度は父・勝久が後継者として選んだ現社長だ。
白百合学園から一橋大学に進学し、銀行勤務後に大塚家具に入社している。幼いころは家族旅行で父が仕入先の北欧の家具工場などに連れて行ってもらっていたほど可愛がられ、後継者として期待もされていたようである。
久美子の提唱する新しい販売方法は、斬新さは無いものの現状をよく分析しており、会社の業態を大きく変えないで利益を創出するビジネスモデルに見える。

対立軸として不思議なのは、父・勝久と長男・勝之、父の配偶者の千代子が結託しているのに対し、娘・久美子は次女・舞子、三女・智子、三女の夫・佐野春生、次男・雅之と結託しており、兄弟をも二分した争いなのだ。

株価が上昇しており、株の所有率をめぐるプロキシーファイトに展開している。
機関投資家や参戦した株屋の動向が注目されるが、将来性に対する展望を出した娘・久美子に票は集まるだろう。

しかし、一度は子供に経営を譲ったのだから、年寄りは引っ込んで貰いたい。
中には、創業者の意見を大切にする見方もあるだろうが、子供も後継者として幼い頃から自由を奪われて生きてきたのだ。

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