›9 27, 2015

日本で最高のサラリーを稼ぐ男たちの仕事術|田口弘

Category: アントレ(起業) / 0 Comments: Post / View

金型部品商社(現在はメーカー)「ミスミ」を独特の経営理念で築き上げた創業者である田口氏によるビジョナリー(理想の経営の提唱)書籍だ。田口氏は現在はエムアウトというスタートアップ支援会社を経営している。
田口氏はミスミ社長時代には強烈なビジョンと信念の元、非常にユニークな経営手法を取っており、キーワードを並べてみると下記のような感じだった。

「購買代理店」
「営業のいない商社」
「マーケットアウト」
「どの顧客にも同じ金額で売る」
「競合に模倣、商品の侵害をされても、それが顧客にためであれば放置する」
「利益を社員に還元させるため、出来る社員は年収3000万円クラス、1億円プレイヤーもいる」
「あらゆる業務をアウトソーシング」
「商社には売らない、顧客(メーカー)のためにならないから」
「大企業と反対のことをすれば成功する」

今でも工場設備や補修部品の業界は、生産者優位、生産者視点での商慣行が当たり前となっている。
B2B業界においては、情報量が少ないため商社・販社・ディーラーと呼ばれる存在や問屋が重要なファクターとなっていた。
機械、工具、伝導機というものは、顕著にその傾向が今でもある。


■ 商社・販社・問屋に支配されている業界

金型部品においては、生産者であるメーカーは少ない規格品をつくり、問屋と販社を経由してユーザー(利用ユーザー)に販売される。
直接ユーザーの声を聞かないし、売り手である販社と問屋の力が強い業界であるため、ユーザーのニーズや不満が満たされることが無かった。

ミスミでは金型業界を知らなかったこと、業界のルールが無知だったこともあり徹底して顧客ニーズを満たすサービスを展開していった。
金型部品の標準化によるカタログ販売という、ユーザーの利便性を追求したサービスである。

金型業界では日本工業規格(JIS)による規格の統一化が遅れていたため、自動車メーカ等プレス・金型を使うメーカは独自の規格を展開していた。ミスミは規格では無いが、それぞれのユーザが独自につくりあげた社内規格の類似をカタログ商品として販売することにより、生産性の向上から安価・短納期・高品質・多品種の製品ラインナップを提供することが可能となった。そうして、ミスミは長期の製造業景気停滞、金型産業が衰退する中で成長を遂げることができた。

90年代後半のミスミの成長期においては、ミスミの営業マンが「ミスミ」と社名の入った社用車で金型屋を訪問したら、同業の販社や商社の営業マンに絡まれたり、ずいぶんと嫌な思いをした者もいると聞いた。
また、ミスミに対抗するために競合他社は、なんとミスミのカタログを客先に持っていき商談をし、同製品を2割引きで販売するというようなことをしたり、ミスミが作り出した規格品を同等製品(コンパチ製品)をカタログにした模倣会社も台頭してきたそうだ。

ミスミ社内でも問題となり、弁護士に相談したところいつでも競合の模倣を辞めさせることができることが分かったにも関わらず、創業者の田口氏は、「模倣品も方が安価で顧客も望んでいるのだから訴えない」と競合を放置した。

ミスミは500億円の中堅企業となり、田口氏は退任しターンアラウンド(業績回復)専門の著名経営コンサルタントであった三枝匡氏が社長として後継し、現在(2015年)では2000億円企業にまで成長している。


■ 機械・設備・消耗品の業界で望まれていること

町工場は大手企業の倍以上の金額で機械設備や工場用品を買わされていることが多い。
生産者側のメーカーにとっては、多くの町工場を回る手間がかかるし、与信の問題も発生する。
そのため、問屋や販社が何社も間に入り、購入者に届くこととなる。購買側の町工場の権利が蔑ろにされている業界なのだ。

購入者側のニーズを満たす、直販も最近は増加傾向である。インターネットの登場により、MROのネット直販のMonotaROも登場して成長を続けている。ミスミはそれに先駆けて、「マーケットアウト」という消費者視点のサービスを展開し、不要な商社を飛ばす「直販」、不透明な販売価格を撤廃する「オープンな価格・原価の公開」といった業界では有り得ないが、消費者が望んでいることを実現した。

さらに、田口氏は例えどんな大企業の大きな仕事を営業マンが取ってきても、評価をしないどころかその受注を断りに行かせたという。売っているのはカタログ標準品であり、例え顧客が特注品を望んでいてもそれは実際には顧客のためにはならないという信念からだ。それまで金型など生産財の現場では、営業マンが購買担当の顔色を伺いながら見積を作成していたのだが、そのような不透明な販売方式を一掃し、ついには営業マンをなくしてしまったのだ。

しかし、何でもオープンに公開する経営や創業者の理念は競合をのさばらせ、三枝氏が後継し競合を訴訟で追い詰めようとした時には既に遅かったようである。競合のパンチ工業は既に1部上場の300億円企業に成長(2015年)することになり、中国展開を先駆けたため中国ではトップシェアとなっていた。しかも勝てると言われていた訴訟では、和解という事実上の敗北となってしまった。
更に、ミスミがFA(ファクトリー・オートメーション)を展開している間に、競合は金型屋や自動車会社、その下請けを頻繁に通い、独自の提案と商品開発を行い、ミスミの取り組んでいない高付加価値商品で台頭してきていた。


■ 顧客にとって良いことを追求すべきなのか

Amazonの商品群の価格帯を見ると、最安値から2位という商品が多い。
価格破壊のコストリーダーという悪印象を回避しながらも、顧客満足の理念から安価に商品を提供する。
しかし、理念とは裏腹に競合製品の無い商品は高額で販売(高利益率)している。
他方、田口氏時代のミスミの追求した販売価格は、競争価格ではなく、原価に必要経費と利益を上乗せしたオープンな価格帯のようである。
もし事実であれば、競合に手の内をさらけ出していることになり、熾烈な競争に勝ち残ることはできなかったろう。
事実、三枝氏が社長になってからは、利益は取れるところから取り、メーカーだろうが商社だろうが、売れる顧客には売るという当たり前の方針が徹底されたようだ。

顧客にとって最善であることは理想だが、競争で生き残れなければ意味が無い。

実際、田口氏退任後からパンチ工業など競合のは、ミスミと同等製品を安価な販売価格でミスミ同様のカタログ発行により低利益率で浸透させた。他の競合にしてもミスミ対策は容易であったろう。ミスミはカタログ販売であり記載されている納期、価格が全てであり、例え大企業であろうとそれ以上の価格交渉には一切妥協しなかったのであるから、カタログ価格より安価に販売すれば大口顧客を開拓することができた。

現在のミスミは社長も交代して、業績も大きく向上している。しかし、田口氏が社長の時代には経営方針から外れることは、例えどんなに儲かっても注文を断っていたのである。現在の礎を築いたことは間違いないし、成長するベンチャー企業経営者は学ぶことが多いと思う。



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