›8 17, 2011

トリプルA 小説 格付会社|黒木亮

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これまで謎のベールに包まれていた格付会社の生い立ちからリーマンショックに至るまでの内部事情や様々な金融機関での事件を取り扱った黒木亮の大作である。
黒木亮の小説の特徴でもある実話に基づいたフィクションであり、約8割が実話を元にしており残りの約2割が主人公をはじめとした登場人物の物語といった構成だ。これまでの作品同様、金融業界で起こった様々な事件や案件を精緻な取材を元に細かく解説されているため、格付会社の舞台裏やストラクチャードファイナンスについて学ぶのにも最適な書物だ。

格付会社の80年代後半からの黎明期から日本で定着し、やがて金融業界で重要な地位に至り、リーマンショック後の存在意義の疑念に至るまで細かく知ることが出来る。

主人公の乾慎介はM大学を卒業して和協銀行の銀行員になったが、障害児の子供を持ったことにより人生が大きく狂うこととなる。多忙な銀行を辞め日系格付会社に入るものの、障害児の子供の将来の資金のため最大手の米系格付け会社マーシャルズ・ジャパンに入社する。
マーシャルズは上場後、収益拡大のために投資家のための格付といった理念から、債権や企業の格付からストラクチャードファイナンスへと傾倒していくこととなる。マーシャルズ・ジャパンの代表となった投資銀行出身の三条誠一郎の収益至上主義と対立し、結末では驚く展開となる。

他の登場人物は、日比谷生命保険会社社員の沢野寛司と証券会社出身でマーシャルズに入り、リストラされその後2番手のS&Dに入る格付アナリストの水野良子がいる。3人の主な登場人物が交わることはほとんどないが、それぞれが格付会社に翻弄されることとなり、ストーリーに深みを与えるために重要な役割を演じる。

山一証券が不良債権の「飛ばし」で大問題となり、社長が野沢に交代後倒産することとなるが、これもまた非常に細かく裏話も交えて紹介されている。
また、前三井住友銀行頭取で現在は日本郵政社長の西川善文は、小説上では名前が変えられているが、独裁的な銀行運営を行い、米国投資銀行のゴールドマンサックスと結託していく様子も書かれている。

SPC法を成立させた女官僚片倉さゆりは、民間企業は官僚にひれ伏すのが当たり前と考えている傲慢な人物だが、これは片山さつきのことであろう。
登場人物や企業は実名が多いが、裏話などリアルな内容に及ぶ者や会社名は、実名を控えているが容易に推測がつくだろう。

ムーディーズ、S&Pはどちらも2000年以降、金融業界において存在感が急上昇したが、その背景には収益拡大や利益相反によるいい加減な格付があったことがわかる。

米国ではNINJAローン(No Income No Job No Asset)と呼ばれるような、低所得者層、ヒスパニック移民層にまでサブプライムローンを売りさばいた。
年収を遥かに超える支払い金利と元本であるにもかかわらず、住宅市場の価格上昇という過去のデータを元に算出された格付は、CDO(Collateralized Debt Obligation)に組み込まれ、証券化された際には日本国債以上の格付となったのだ。

商業用不動産においても証券化によりREITが流行した。米国で不動産バブルの時、人の住んでいない高級住宅が多いのを見て驚いたことがある。
商業も工業も無いような地方都市の郊外に、町がどんどんとできていくのだ。日本のバブルと同じように不動産の価格が上昇するからそれを見込んで買う人が後を絶たなかった。日本よりもましなのは、住宅ローンがノンリコースローンであるため、不動産価格が購入時より低く時価評価が低くなった場合(Underwater)に、借金が返せなくなっても不動産を処分すれば借金が人が負わない点がある。しかしそれは貸し出し銀行と証券化によって債権を保有したもの、その債権にかけられたCDS(Credit Default Swap)という保険に大きく跳ねかえり、大規模な金融危機となった。

格付会社の国債に対する格付けは不明点だらけである。日本国債はボツワナ以下の格付けとなったため、カントリーシーリング(国内企業はその国の格付け以上の格付を取れない)により日本企業の資金調達にも大きな影響が出た。しかし、その後日本市場を重要視した格付会社は、財政状況の悪化と膨れ上がる国債にもかかわらず、日本国債の格上げを続けた。

ストラクチャードファイナンスでは、収益性デリバティブ商品を格付で投資家にお墨付きを与えることにより「トリプルA」の格付をとるようにローンを組み合わせて、ローリスクハイリターンの金融商品を作り出し、レバレッジをかけた機関投資家に対して売りさばき、リーマンブラザーズの破綻で一気にクラッシュした。

この小説はリーマンショック後の大混乱と主人公の乾慎介の新しい人生の出発で幕を閉じているが、現実世界ではまだまだ大波乱が起こっている。S&Pは米国債を格下げしたが、米国債は買われ続け金利が低下している。この小説で格付会社への理解を深め、今後の経済の行方にたいして思いをめぐらしている。

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