›6 13, 2011

排出権商人|黒木亮

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「空気が大金に化ける」。21世紀のマネーゲームは、環境問題の温室効果ガス排出削減義務が「排出権」の名で取引されることによって巻き起こされている。
京都議定書により、日本は多大な国益を失った。政治の場で環境問題という名のもとに国家どおしが国益を優先させたのだが、京都という名前を付けたことの代償はあまりにも大きかった。
日本は、2012年まで8%の削減を義務ずけられ、当然達成できないため他国から排出権を買わないといけないのだ。これによる日本の購入額は1兆円と推定され、排出削減義務を負わない中国、インドといった国々は排出権削減を行い、その排出権を売ることで多大な利益を享受できる。

「排出権商人」は、排出権商人と呼ばれる連中、それは商社、プラントエンジニアリング会社、投資銀行などが、海外の大規模プロジェクトを実施していき、国際的なマネーゲームを巻き起こしていくリアルな小説だ。

黒木亮の特徴である、実話を盛り込み、徹底した取材に基づいて描いた詳細なビジネスの現場を描きだす手法は、排出権ビジネスの良い教科書にもなる。

物語の主人公である冴子は、国内有数のエンジニアリング会社で働く40代半ばで独身の総合職だ。男社会で中年女性が主人公で活躍する姿というのもこれまでには無い設定で面白い。この年になると結婚や出産は諦め、仕事中心の人生として孤独に生きていかなければならない。

物語では、主人公を取り巻くエンジニアリング会社のビジネスシーンが中心となって進むが、IHIを彷彿させる売上・利益達成のために手段を選ばない大規模かつ組織ぐるみの粉飾というストーリーがある。またそれに伴い、エンジニアリング会社の株価下落で儲けようとする空売り専門ファンドが登場し、対決していくこととなる。

この小説にあるような大規模プロジェクトの仕事に関わったことはないのだが、多大なプレッシャーとストレスが読んでいて伝わってくるほどだ。
ビジネス最前線で大きな額のマネーを動かしている連中は相当にタフな神経でないとできないだろう。エンジニアリング会社の次期社長を狙う専務は、中期計画達成のため手段を選ばない。中国の若い大富豪も同様だ。
彼らも成り上がるために、血のしょんべんを出すような激務や神経が擦り切れるほどのぎりぎりの勝負を挑んできたことが分かる。

ビジネスマンとしてあるべき姿を考えさせられる小説だった。

ところで、福島原発事故から日本では原発の停止と火力発電等のよる温暖化ガス排出が相当量増加することとなった。
経産省の試算によると、原発停止により追加で購入しないといけない化石燃料費は毎年約3兆円とのことである。
これにより、また世界的に排出権取引の価格が上昇しているのである。

現在の排出権取引現場を知ることはできないが、多大な利益を得る者がいることだろう。



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