›10 20, 2010

リストラ屋|黒木亮

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黒木亮の短編小説「空売り屋」で出てきた空売りファンドと企業再建中の大手スポーツ用品メーカとの戦いの物語である。
前作の「空売り屋」とはストーリーは関係無いので、「リストラ屋」だけを読み進めることができる。

黒木亮の小説は、実際の現場で行われている詳細なディールを沢山積み上げてつくられているのが特徴であり、リストラ屋も一般の人が知ることがない再建の裏事情が満載だ。タイトルがリストラ屋なので、映画「マイレージ・マイライフ」のジョージ・クルーニーのイメージをしたがまったく違った。マイレージ・マイライフは大手企業のリストラを請け負う企業で、いかに揉め事を起こさず、短期間にスムーズに人員解雇を行っていくかという手法だったが、こちらの小説はむしろ企業再生人である。
大企業の企業再生の常とう手段であるコストカット、つまりリストラを徹底的に行っていく手法だ。

企業再生をリストラで短期間に行うことで実績を積み上げてきた蛭田は大手スポーツ用品メーカの再生目的に投資しているファンドに売り込み社長に就任する。
過去にもリストラで短期間に株価を上昇させ転売してきたことが実績だ。

このような話は実話に近いと感じる。再生ファンドは、業績が低迷する企業を安値で買って企業価値(上場企業であれば株価)を短期間に上昇させ転売することを目的とする。
問題となるのは、低迷した業績をファンドの期間があるため短期間で回復させなければならないことと、日本には企業再生の経験のあるプロ経営者(ターンアラウンドマネージャー)がほとんどいないということである。
この小説の根底はこの事実が元になっている。

登場する主な組織は、業績の低迷している大手スポーツ用品メーカ、外資系再生ファンド、そして転売や資金調達を手伝う米国系大手投資銀行だ。リストラ屋こと蛭田はフリーのプロ経営者、そして空売り屋のファンドだ。ストーリーの展開でリストラされる従業員なんかも出てくる。
このメーカを食いものにする連中は年収が数千万円から数億円という金の亡者に見える。だが金と仕事に執着する姿勢は、一般庶民とかかけ離れた挫折や失敗や屈辱などの過去があるようだ。六本木ヒルズレジデンスや豪華な旅行、特別に高い接待や食事も紹介されている。リストラで苦しむ従業員とは対照的に平然と年収数億円とストックオプションを要求する強欲さにも驚かされる。使いきれない金を持ってどうするのだろうか。強欲な拝金主義の連中だ。
その他方、リストラされる従業員は仕事を失い、再就職ができず、持家を失い、家庭が崩壊し、体を壊して死ぬ者まで出てくる。テレビなどで一般に伝えられるのは、こういった圧倒的多数の被害者側の姿だ。この小説では、従業員はリストラに怯え、残った社員も過激なノルマを課し、ストックオプションでモチベーションを上げさせる。飴と鞭を与える典型的な手法だ。会社は株主のものであり、経営者は株主に経営を委託されれており、従業員は使用人に過ぎないという考えを正論として持ち出す。

このプロ経営者と一般的な経営者は全く違う。中小企業や同族企業の経営者というのはここまで非情にはなれないだろう。社員を家族同様大切にし、社員の犠牲よりも自分の犠牲を優先に考える。そんな経営者を沢山見てきた。結果として従業員に対する優しさは経営の甘さとなるのかもしれないが、企業の存続や価値上昇よりも大切なものがあると普通の人は考えるのではないか。中小企業のオーナーは全財産を銀行の個人補償で背負っているのに対し、雇われ経営者はリスクを背負っていない。この小説のリストラ屋は、たくさんの人に恨まれて命を狙われるほどなのでそういう意味ではリスクを背負っているとは言えるが。

プロ経営者といっても、その業種に精通している訳でも無く、基本的には高い固定費の削減というのが主な手法となる。新しい製品を生み出し売上を伸ばすというのは技術やマーケットやブランドに精通していなければできず、時間も長期間になる。自分が見聞きした企業再生のプロ経営者の手法もこの小説と似ていた。販売製品を収益ごとにグルーピングして収益性の低いものは生産中止、顧客も同様に分類し収益性の悪い顧客は取引停止、それに伴い生産、人件費を大幅に削減。これを徹底的に行い2,3年以内で黒字化から高収益企業化に転換させ売却もしくは社長交代を実施。
日産自動車を再生させ今も経営トップとして活躍しているカルロス・ゴーンもコストカッターという異名を取った。ゴーン氏の取ったリストラの負の面についても小説では書かれている。巻末にも参考文献でゴーン氏の書籍があることからコストカットの手法など参考にしたのだろう。

再建屋の蛭田は徹底したリストラを実施していく。株式市場受けする再生ストーリーをつくり実践していく。BRICsへの営業展開と生産拠点の中国への集約が基本だ。それにより営業面も生産面もボロボロになり、高品質が売りだった企業の根底が崩壊していくことになる。
その事実を知った空売り屋の北川は、空売りを仕掛けていく。蛭田にとっては短期間での企業収益の回復のため、粉飾に近い手法での売上増加、利益増加を図り企業がボロボロになる前に売り抜けようとする。それを手伝う投資銀行や再生ファンドとそれを取り巻く証券会社アナリストなど。長期的にはこの再建手法では再生どころかボロボロになってしまうことが誰の目にも明らかなのだ。世界大手スポーツメーカへの売却を早期に進めるべくさらにリストラなど無理を重ねるものの、市場から見えるのは着実な企業再建による株価の上昇。空売り屋は大きな含み損を抱えながらも、徹底抗戦を行う。

ほんの数人が大企業の再建の将来を決め、その中には金儲けのためなら裏切りも平然と行う人物もいる。ここでも禁断の果実である資金調達法MSCBが登場する。資金調達の詳細なディールはさすがだと毎回関心させられる。

黒木亮の小説にはモデルとなる人物がいるケースが多いが、このリストラ屋蛭田はどうなんだろうか?
再建中の企業の経営者の噂を関係者から聞くケースが多く、リーマンショック後には徹底したリストラを加速させている再建屋もいると聞いている。
蛭田は貧しい家柄で大学に行くことができなかったもののエンジニア出身からプロ経営者になったとある。単なる悪役では無く、過去の生い立ちからその性格やビジネス手法が形成される過程が想像させられる。平凡な主人公よりも遥かに際立つ存在でその性格にも引き込まれる。新潟出身で地場の機械メーカ出身とあまりにも具体的な経歴なのでモデルになる人物がいるのではないかと思った。

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