›5 11, 2010

景気の良い場所で働くのが個人の景気対策

Category: 日々雑感 / 0 Comments: Post / View

戦後貧しい時代から高度成長期にかけて田舎から汽車で上京して出稼ぎに出る光景というのは、昔のドキュメンタリー番組などでよく見られる光景だった。
貧しくて仕事が無ければ、仕事がある場所に行くしかない。それはいつの時代にも見られることだ。

先日「朝まで生テレビ」でホリエモンが「逮捕されていなければ今頃は上海とか世界で盛り上がっているところにいるだろう」という趣旨のことを言ったのが衝撃的だった。
現在はグローバル社会であり、日本が不景気なら稼げる場所として世界の新興国を目指すという考えも当たり前になるのかもしれない。

現に、上海には年に数回行くが、多くの日本人ビジネスマンで賑わっている。まだ中国がこのように経済発展する以前の10年ほど前から、急成長する上海でチャンスを掴むためにやってきて現在成功している日本人が至る所にいる。
先行者のメリットが多くあり、日本食屋、フリーペーパー、不動産屋、工場、ソフトウエア会社、貿易会社、工場、エステなど日本に比べて多くのチャンスが溢れていたことが分かる。何しろ、一昔前の中国では大通りを自転車に乗った労働者が皆同じネズミ色の人民服を着て走っていた時代があったのだ。
そして現在も急成長を続けており、先進国に比べるとまだまだ発展途上にある都市というのは、チャンスと自分の能力や経歴を満たす就業機会にも溢れている。

かつては発展途上国から先進国に仕事を求める移民が多かった。しかしこれからは生活レベルは発展途上国と先進国の差が縮まっており、多くのチャンスこそが求められるのではないだろうか。

まだまだ海外に機会を求めて出稼ぎに行く者は少ないが、以前に比べて情報が格段に多い。これまでは本や雑誌でしか紹介されてこなかった者が今はブログなんかで沢山情報を得ることができるし、メールなどで連絡も簡単に出来てしまう。海外に出る参入障壁も下がり出ていく機会はとても大きくなった。
そして今沢山の若者が海外に活躍の場を求めて、日本を飛び出しているようである。ブログを書いている者も多いので、検索してみてほしい。若者だけでなく、リストラされた中高年の高い技能と知識を持つ技術者も中国のすごい奥地に町に日本人ひとりしかいないような所にいたりする。

日本で派遣切りにあって引きこもったりしていないで、就業の機会に溢れている海外の土地に飛び出してみたらどうだろうか。

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