›2 17, 2010

巨大投資銀行

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黒木亮の長編大作だ。これまで黒木亮の本はいろいろ読んできて、グルーバルビジネスや金融の最前線を詳細なビジネスシーンや案件まで丁寧に説明しており、またスケールが偉大な仕事に従事している主人公ばかりでとても勉強になるし、世界を動かすような大きな仕事をする者達について良く知ることができ、自分の好きな作家のひとりだ。
読みはじめたら止まらずにあっという間に読み終えてしまった。実はリーマンショック直後に買って読まないままだったのだが、もっと早く読めば良かったと後悔した。

黒木亮のこれまでの小説によく見られるように、物語はフィクションとノンフィクションが同じ時間軸で一緒に流れている。ノンフィクション部分は主人公を作り上げていることぐらいで、他の登場人物や登場する企業は名前を一部変えてあるものの、ほぼ現実に存在する企業ばかりだ。

この小説では3人の登場人物が同じビジネスシーンを舞台に活躍するのだが、主人公が平凡な架空の人物なのに対し、残りの2人は強烈な人物だ。そのうちの一人は投資銀行(IB)の業界では伝説の人物だ。3つの人物が小説の中では交わることが無い。黒木亮の小説ではよくあることなのだが、どこかでそれぞれの物語が交差するのかと思いきや並行したまま終わるので、そこは期待しない方が良い。そして大げさなフィクション小説のような大きな展開や最後にどんでん返しなども起こるわけではなく、粛々と物語は進み、大きな展開は無く小説は終える。現実の世界と同じ展開なのだ。しかしそこには登場人物の成長が見られるのが感動を呼び、読書に熱中させられる。

並行して流れる物語は山一證券出身でソロモンでパートナーに上り詰めた明神茂(あだ名はシュガー)の80年代から2000年代にかけての大活躍が詳細に描かれている。
小説の中では竜神宗一(あだ名はソルト)として描かれているが、あまりにも有名な人物ゆえ、すぐに思い浮かぶ。
米国で開発されたブラック・ショールズ・モデルに基づいた裁定取引により、未成熟な日本の金融市場の歪みを利用して莫大な利益を上げていく。

藤崎は脇役でメインのストーリーとは関係が無いが、彼にもモデルがいそうだ。バブル崩壊以降の日本の生保や信金などの金融機関に対して高度なデリバティブを駆使した損失先送り商品、ハイレバレッジ商品を売り込む。田舎出身であり、日本に対する愛国心が強い男だが、IBで働き結局は日本の金融機関を壊滅的な被害を及ぼしつつ米国金融機関に莫大な富をもたらす商品を売ることに葛藤がある。それは日本の組織の体制や不満や嘆きや失望でもあるようだ。

主人公の桂木もまた他の登場人物と同じように日本の組織の体制や理不尽な仕事になじめずにIBでM&Aを中心に活躍することとなる。他の登場人物と比べ平凡で穏やかな性格で感情移入しやすい。彼もまた米国のIBで働くことによる後ろめたさを感じながら仕事をしている男だ。彼の尊敬する大学恩師が米国のIBで働くことに対して失望したからだ。

日本企業と違い、IBは実力勝負の世界だ。狩猟民族の文化が企業にもあり、徹底して敵(日系金融機関や日本の顧客)を叩き潰す姿勢がある。IBで働くというのは相当なプレッシャーがあるが、年棒は数千万円だ。だが、IB業界ではファック・ユー・マネーという言葉があるらしく、働くのが嫌になったらその言葉を吐き辞めるのに必要な金で相場は3億円だそうだ。ちなみに日本の個人投資家レベルではだいたい1億円で自由を獲得できる額(金持ち父さんのラット・レースから抜け出せるレベル)なので、IBに入り生活レベルが上がると、自由を獲得できる額もまた上がってしまうのだなと思った。もっともIBで働けば短期間にその額に到達できるが。

IBの日本への到来は、黒船が日本にやってきた状況のように感じられた。
日本の金融市場は鎖国状態で、数社の証券会社が独自のルールで支配していた。そこへ欧米から最新鋭の武器(金融商品)を持ってきて、徹底的に破壊していく。破壊というよりは世界標準にしていくのだが。
日本のバブル期でがっぽり儲け、バブルが崩壊してもさらにがっぽり儲ける姿勢がそこにある。
本書はバブル期から小泉政権になるまでの長期間にわたった小説で、実在する登場人物もたくさんでてきて非常に勉強になる。そしてリーマン・ショックを引き起こした原因やその後急激に業績を回復させている理由も分かる気がする。

結局、3人の登場人物は簡単にファック・ユー・マネーを獲得し、そこから自分のやりたい仕事をやっていく。自由を獲得できる金ができて初めて生きがいある仕事にまい進できるのかもしれない。主人公の桂木は、日系金融機関に再就職し、その後りずむ銀行(モデルはりそな銀行)のトップとなる。

金融知識を身につけたい人も、仕事に対するやりがいや人生観を別の視点で見てみたい人にもお勧めである。


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