›3 26, 2013

「下町ロケット」-働く意義

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読み始めて数ページで期待を裏切られた。悪い意味でだ。

下町と言うから足立区や墨田区の父ちゃん母ちゃんでやっている町工場、鉄工所を想像していたのだが、主人公の佃は元ロケット研究員という華々しいキャリアの持ち主であり、父の死後継いだ会社は従業員100人規模の零細企業とは言えない中堅企業だった。
しかも、この企業は下請け企業とは言えない。受託製造を行っているが、特定の企業に依存している訳では無く、自社で特許をいくつも取っている研究開発企業なのだ。それもベンチャー企業ではない。少ない従業員で100億近くの売上を誇る製造業では突出した従業員一人当たり売上高を誇る企業だ。

この時点で、一般の企業と大きく異なっていることが分かり、製造業で働いている人で感情移入できないのではなかろうか。

会社は、東京都大田区にある部品加工会社佃製作所という。このような土地がべらぼうに高い場所に100人規模の工場が実際に存在し得るのかも甚だ疑問だ。
自社製品を出している訳でもなく、受託製造の会社なのだ。このような会社は複数の企業から購買されるため買い叩かれ利益は著しく低いのが一般的だ。
高度な技術を持っていても、高級な設備を持っていても、そのようなものは買い手の企業からは要求されないのだ。

このような事情を知っていれば、この本の物語は著しく製造業の現実とは異なっている。筆者はこんなことも取材して分からなかったのかと残念な気持ちになった。

しかしだ。文章力があり、やはり読み続けるとどうしても物語に引き込まれる。

主人公の佃は、航空産業の一流企業である帝国重工(三菱重工がモデルか)に先駆けてエンジン部品の特許を取得する。この特許をめぐって物語が進むのだが、大企業でモノマネばかりで成長してきたナカシマ精機、通称ナメシマ(これは松下電器がモデルか)に特許侵害で訴えられ、資金繰りや風評被害で苦しい戦いを強いられることとなる。

帝国重工にしてもナカシマにしても大企業の横柄な態度と見下した態度には辟易とさせられるが、今時会社ぐるみでこんな社員ばかり出てくる会社なんかある訳ないだろう。

部品製造を内製化したい帝国重工からは特許を売ってもらいたいという要望を受けるが、佃は断るのだ。特許を売ることによって資金繰りが楽になり、会社の利益にもなるというのに。それよりもその部品を製造して帝国重工に供給したいという帝国重工には受け入れられない要求をするのだ。

これによって佃製作所の社員は猛烈に反発されることになる。

このような社員の当たり前の気持ちと合理的な行動を受け入れず、あくまでもロケットに自社で製造した部品を供給したいという主人公の態度に辟易としたのだ。製造業のおかれている環境は厳しい。会社が永続的に存続できるという保証はどこにも無い。私立中学に通う主人公の娘の同級生の親の経営する会社も倒産し転校していった。
主人公は失敗すれば、社員の求心力を失い、倒産すればすべての財産を失い、会社の負債が大きく圧し掛かるだろう。そのような状況下で何を馬鹿なのことを考えているのだと思ったものだ。

しかし、無理して読み進め、その間に色々と考えてみると、以外に主人公の佃の考えは正しいのではないかと思えるようになってきたのだ。
特許を売ってちゃっかり儲かって、会社を売却して大金持ちになるという選択を蹴ったのだ。しかしそれでも夢を追い求めているのだ。

理系に進んで、製造業に働く優秀な人は沢山いる。稼ごうと思ったら、広告や銀行や商社や生保に行くだろう。コンサルティング会社で働くだろう。
しかし虚業を選ばずに、あえて苦難のものづくりを選んだのだ。

そこに夢を求めなかったらどうする。

忘れていたものを取り戻したような気分だ。


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