›5 29, 2005

スターバックスというブランド (2)

Category: 経営戦略 / 0 Comments: Post / View

今年もよろしくお願い致します。
スターバックスを通じて「ブランド」について考えていきます。
「ブランド」はどうやったらできるのか?
悩ましいですが、スターバックスに行ってコーヒーを飲んでいるとぼんやり
とわかる気がします。

単なる製品の良さだけでもない、接客態度だけでもない、雰囲気やBGMだ
けでもない、ロゴだけでもない。全てなのかもしれない。どれか1つが欠け
ただけでもブランドが成り立たないのかもしれない。

日本企業は製品の良さ(品質)に固執しすぎたのかもしえないとも思います。
時計だったら、その時間を測るという本質だけなら日本製の1000円の
時計の方がスイスの100万円の時計を凌駕しているかもしれない。

フランス製の鞄メーカーのタオルは、日本の工場が製造していてブランド・
マークを付けているだけだが、その工場が数100円で販売している同じ
タオルにブランド・マークを入れただけで価値が100倍にもなる。

あるブランドメーカーはその製品の品質の高さでブランドを確立したが、21
世紀になって自社製造を辞め、他社からのOEM供給に自社ブランドのロゴ
をつけて販売している。

今後しばらく「ブランド」を研究していきます。
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▼ スターバックスというブランド (2)▼━━━━━━━━━━━━━━
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□ 旧スターバックス時代

ハワード・シュルツはスターバックスに経営陣として入社した。

1983年
ハワード・シュルツは仕事で行ったイタリアで、売れるコーヒーの売り方を
発見した。
イタリアでは多くのコーヒーショップがスタンド形式となっており、コーヒ
ーを生活の一部として楽しむことができる。
当時のアメリカでは、安物のコーヒーで時間潰しのコーヒーショップが主流
であった。
イタリアでのコーヒーの楽しみ方をアメリカに持って帰れば間違いなく売れ
る、そう確信した。

スターバックスは最高級のコーヒー豆を扱い、顧客に美味しいコーヒーの
呑み方を指導していた。だが、ただの豆屋だった。
客にコーヒーを店で飲ませなかったのだ。

ハワード・シュルツの「スターバックスは豆を売るだけでなく、スタンド
形式で客にコーヒーを飲ませるべきだ」という提案は経営陣には受け入れ
られなかった。
ハワード・シュルツの思いとスターバックス経営陣との思いは食い違った
まま時は流れた。

1984年
スターバックスはピーツコーヒー&ティー社を買収した。
ピーツはスターバックスの生みの親とも言える。サンフランシスコにあった
ピーツは早くからヨーロッパスタイルの美味しいコーヒーを提供する店とし
てコーヒー通に有名だった。そしてスターバックスもピーツに影響されて
コーヒーマニアが作った店だったのだ。

ピーツの買収はスターバックス創業のコーヒーマニア陣には念願だったかも
しれない。だが、ピーツの買収には銀行からの多額の借金がありスターバッ
クスにとってそれは足かせとなり、自由に動くことはできなくなった。

経営陣と従業員との間に対立が出来はじめ、従業員は団結し、動労組合を
結成した。

ハワード・シュルツはイタリア風コーヒースタンドを実験店舗としてスター
バックスブランドで何とか出させてもらえた。好評だったが、経営陣には
認めてもらえなかった。

□ 独立

1985年
ハワード・シュルツは退職した。
自分の思いを実現させるために。

ハワード・シュルツはイタリア風スタンド形式コーヒーショップをつくる
ため独立したのだ。

スターバックスを退職する際、スターバックスの経営陣とイタリア旅行を
した。そこで500件近いイタリアのエスプレッソ・バーを見学し、バリスター
の手法、メニュー、エスプレッソ抽出技術をビデオ、メモを取り習得して
いった。

立ち上げる店の名前はイタリア風にイル・ジョナーレ(Il Giornale)と
した。

ハワード・シュルツは単なる家族経営の店をつくろうとしたのではない。
全米に展開するコーヒーショップをつくりあげようと考えていた。

そのためには、投資家を説得し、資金を集めて最初からブランドを構築し
大々的にスタートさせる必要があった。

資金を集めるのは非常に困難だった。コーヒーのようなローテク産業に
対して投資以上のリターンを期待するものが少なかったのだ。
また、ハワード・シュルツの抱くコーヒーショップがアメリカで流行ると
いうことを理解できる者も少なかった。

1年間をかけて242人に呼びかけハワード・シュルツのビジネスモデルを
説明したが217人に断られたと言う。殆どの人の断られたのだ。
このように断られても、次の人と会う際にははつらつとし、自信に満ちた
表情で説明する必要がある。これは並大抵の人間ではできないことだ。
営業マンとして長年優秀な成績を残したハワード・シュルツだからこそ
できたのではないだろうか。

多くの投資家はハワード・シュルツの人柄と夢に投資した。ビジネスモデル
に投資したものは少なかったのではないだろうか。

スターバックスも出資してくれた。これは競合したくないからか、顧客にし
たいからだったのか、もしくは両方だったのかもしれない。

独立、起業するために多額の資金を集めること、経験ある経営陣を入れる
ことは困難だったろう。断られても、次に会う人には明るく振舞うことが
ハワード・シュルツの素晴らしい能力のひとつだったに違いない。

経営陣には、コーヒーショップ経営者のデイブ・オルセンを迎えることが
できた。
シュルツは営業マンであったため、外交、資金調達、ブランド確立、企画
に従事し、デイブが社内運営、人材教育、品質管理といった内部オペレー
ションを行い、よいコンビとなった。

イル・ジョナーレはシュルツの確信どおり当初から大人気となった。
これまでのコーヒーショップとは違い、高級感あふれる店の雰囲気に、焙煎
りエスプレッソ、くつろげるイタリアンな空間として画期的だった。
だが、イタリアを意識しすぎたメニュー、BGM、バリスターの制服、立ち飲
み方式の評判はいまいちだった。

シュルツはすぐに改善し、アメリカ風新スタイルコーヒーショップとして
新しいブランドを築き上げた。

1件目が成功したが、利益よりも規模の拡大を優先し、他店をオープンした。
3店舗目はカナダでオープンした。

□ 買収

1987年
イル・ジョナーレは順調に業績を伸ばしていた。
他方、スターバックスは業績が悪化、ピーツブランドを優先させるため、
スターバックスを売却することとなった。

シュルツはすぐに飛びついた。

嫌がらせ、脅迫とシュルツの買収を妨害する者がいたが、シュルツは困難
を乗り切り、買収するのに必要な金を調達し、ついにスターバックスを
自分のものとした。

□ 新しい組織(従業員との関係)

ハワード・シュルツは貧民町で生まれ育った。シュルツの父は、仕事にやり
がいを感じることなく、一生を終えた。
父の死、自分の成功を恐らく照らし合わせたのだろう。

シュルツはスターバックスを誰もが働きたいと思う会社に育てようと決意
する。

社員が働きたいと思う会社は、社員の士気が高く、接客もすぐれ、結果とし
て顧客満足度が高くなるとも考えたろう。企業のブランドは社員ひとり一人
が象徴している。これはどんなブランド店に行っても感じることだ。

□ 社員が働きたがる人気企業にする

シュルツは、高い給料、福利厚生で実現しようとした。

週20時間以上勤務するパートタイマーにも健康保険の適用範囲に入れるこ
とを取締役会に上げた。

当時からアメリカでは企業は株主最優先主義という考えがあった。資本主義
なら当然のことなのかもしれない。従業員は使い捨て、そう株主も経営陣も
考えるところがある。

シュルツの提案には株主から大きな反発があった。

シュルツは次のようにして説得した。

 福利厚生を良くすることで、水準の高い人材が集まり、また離職率も
 低くなる。結果としてリクルーティング費用を抑えることができ、コ
 スト削減となり、株主に還元することができる。

当時アメリカの小売・ファーストフードの年間離職率は150%~400%であっ
たが、スターバックスのバリスターの離職率は60~65%の低水準に抑える
ことができた。
*その結果の採用コストの削減と福利厚生費用の増大の関係については
不明。

シュルツのこの試みは成功し、従業員に優しい会社として有名になり、
ホワイトハウスにも呼ばれた。
どこの経営者でもできるけれども、やらなかったことを実践しただけであっ
た。結果としてスターバックスの知名度は上がり、費用対効果としてはずば
抜けた効果があった。

1990年
経営陣は社外の施設にこもり、スターバックスの価値観と信条を反映させ
たミッションステートメントを起草した。

ミッションステートメントは全社員の意見を反映させ、完全なものにした。

さらに従業員に業務横断的なプロジェクトチーム(店舗、事務所、向上とい
った非管理職社員で構成させるチームをつくり、チームメンバーは業務から
離れ会合を持ち、社員の成長や意思決定、市場拡大に関する提言を纏めて
経営陣に報告した。

これは社員の経営参加とも言える。

従業員に経営参加・提言を行わせると次のような効果が現れる。
・経営意識の醸成(経営指標の意識、役割の明確化)
・現場の問題点を経営陣と共有
・忠誠心・士気向上

さらには、経営陣を従業員が監視するというルールもつくった。
(通常監査役が行う仕事。ただし監査役は経営陣と同一のため形骸化され
ている)

1991年にはスターバックス社員向けストックオプション「ビーンストッ
ク」を開始した。どの社員も従業員でありながら株主であり、ビジネスパー
トナーとなった。
これには次のような効果がある。
・株主の視点で行動(利益を考えて行動)
・士気の向上(自分の労働が結果として株式配当として還元されるため)
・経営陣との調和(労働者としての対立の減少)

持ち株会とは違うストックオプションというのが重要だ。
日本ではまだ完全なストックオプションは無い。それどころか持ち株会
では完全な誤解をしている企業が多い。持ち株会は株価が下がれば、価
値が減少するのだ。ストックオプションは価値が上昇したときに売却す
る権利だから従業員は損をしない。
日本で持ち株会を行う理由は、安定株主の獲得が第一目的で資産形成の
ためにはほとんどなっていない。(昨今の株価低迷も原因だが。。)
ましてや、従業員をビジネスパートナーとみなすところは皆無だろう。

ハワード・シュルツは従業員を大切にした。これはアメリカ企業では驚く
べきことである。そして結果としてスターバックスを一流のブランドへと
成長させた。ブランドは従業員ひとりひとりの心のこもった行動と言える。

プロダクトの価値以上に従業員の顧客への接客が重要だと認識する必要が
ある。

(参考)
●スターバックス成功物語
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4822241130/httpskilcomen-22
ハワード・シュルツ自身によるスターバックスの成功の軌跡。
「コーヒーから大金を産んだ男」、「ブランドをつくって金を儲けた」とか
色々言われているが、彼が本当にコーヒーを愛していることがわかる。

●スターバックスのミッションステートメント
http://www.starbucks.com/aboutus/environment.asp

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